頼山陽と戦争国家

頼山陽と戦争国家
「要約」
頼山陽(1780〜1832)は江戸後期の文人として多くの書、漢詩を残した。中でも頼山陽没後に出版された、武家の興亡史である『日本外史』は幕末には佐幕派、倒幕派を問わず志士たちに広く読まれ、国民的なベストセラーになった。ところが明治期に入ると、読まれ方に変化が生じる。背景には日本が近代国家として歩んだ歴史がある。1931年に行われた頼山陽没後百年記念祭では、時の総理大臣若槻礼次郎が祝辞を述べ、ラジオで中継された。この年は満州事変が起きている。自分の意思のまま生きた「自由人」山陽が国家の枠組みにはめられ、別の人物像に置き換えられた末、1945年以降はこれも国家の都合で忘れ去られていく。頼山陽の評価の変遷を辿ることによって、葬られた歴史を振り返る。
「付記」
『日本外史』は1871年英国の外交官アーネスト・サトウによって初めて英訳され、上海語版、仏語版、露語版でも出版された。近年では2015年に張暁輝という方が北京大学出版社から出版。現在アリゾナ州立大学准教授ロバート・タック氏が全訳中で、近い将来出版予定である。ボストン市立図書館には1895年お雇い外国人だったウィリアム・グリフィスの推挙によって刻まれた「RAISANYO」の文字がある。世界の研究者との連携で頼山陽研究が進むことを願っている。

著者

見延典子

出版社

南々社

ISBN

978-4864891028

出版された

2019

専門

人文科学

テーマ

歴史学
戦争 / 平和

地方

日本
中国